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297 アラジール症候群 ○ 概要 1.概要  アラジール症候群は、小葉間胆管減少症による慢性胆汁うっ滞に特徴的な肝外症状を伴う、遺伝性肝内胆汁うっ滞症である。従来の臨床症状による診断では、「肝臓、顔貌、心血管、眼球、椎体の全てに異常が見られる場合を完全型アラジール症候群、肝臓を含めて上記の3症状を伴う場合を不完全型アラジール症候群」という。近年は、これらの臨床症状を全ては満たさないが、特有の遺伝子異常を伴う場合も本症として報告されている。日本の全国調査では、患者数は200~300人程度と推測された。 2.原因  原因遺伝子としてJAG1が1997年に、Notch2が2006年に、それぞれ発見され、現在ではJAG1の異常によるアラジール症候群1型とNotch2によるアラジール症候群2型が区別されるようになった。JAG1とNotch2はともに、Notchシグナル伝達系を構成し、この遺伝子異常が胎生期の発生過程で何らかの影響を来すことが原因と考えられているが、病態の詳細は不明である。 3.症状  乳児期から始まる黄疸が主要症状であり、しばしば胆道閉鎖症や新生児肝炎と鑑別を要する。非典型例では、黄疸がなく、先天性心疾患や腎障害が前景に立つ場合がある。特に、本症2型では重症腎障害が特徴的とされる。心血管系の異常としては末梢性肺動脈狭窄が、椎体異常では前方弓癒合不全が、眼球では後部胎生環が特徴的な異常である。さらに、発育・発達障害、性腺機能不全、消化管の異常などを伴う場合がある。 黄疸を伴う本症患者の約3分の1が幼児期以降に胆汁うっ滞性肝硬変に進行する。近年、このような場合も肝移植によって長期生存が可能になってきた。一方、肝移植後も成長障害や頭蓋内出血を来す可能性が報告されている。特に、肝移植が可能になってからは、胆汁うっ滞性肝硬変よりも血管奇形による頭蓋内出血が重要な合併症になっている。 4.治療法  慢性の胆汁うっ滞や成長障害に対して、脂溶性ビタミンや中鎖脂肪酸(MCT)の補充など栄養療法を長期に継続する。痒みや高脂血症に対して陰イオン交換樹脂や脂質降下薬が使われる場合がある。胆汁うっ滞性肝硬変に進行したり、痒みなどにより著しくQOLが低下した場合には肝移植が行われる。重篤な心疾患については外科手術が、腎不全については透析や腎移植が必要なことがある。 5.予後  症例ごとに罹患臓器の病変や重症度が大きく異なり、それぞれ予後も異なる。日本の全国調査では24%の症例で肝移植、4%の症例で開心術、9%の症例で心臓カテーテル治療が実施されていた。また、成長障害が49%、発達遅延が26%に認められ、長期にわたる包括的な診療を求められる例が多い。 ○ 要件の判定に必要な事項 患者数 約200~300人  発病の機構 不明(遺伝子異常が見出されているが具体的な発病機構は未解明である。) 効果的な治療方法 未確立(肝臓、心臓、腎臓が主要な罹患臓器であるが、それぞれの重症度に応じて肝移植、心臓手術やカテーテル治療、血液浄化や腎移植を含む腎代替療法が実施される。) 長期の療養 必要(遷延・進行する肝病態、循環不全、腎機能障害により生じる種々の合併症・続発症に対する治療を要するため。) 診断基準 あり(研究班及び日本小児栄養消化器肝臓学会作成の診断基準。) 重症度分類 肝疾患、心・血管病変、腎疾患、頭蓋内血管病変などアラジール症候群に起因する症候により重症度を判定し、いずれかを満たす場合を対象とする。 ○ 情報提供元 「Alagille症候群など遺伝性胆汁うっ滞性疾患の診断ガイドライン作成、実態調査並びに生体資料のバンク化に関する研究班」 研究代表者 筑波大学大学院人間総合科学研究科疾患制御医学専攻小児内科学分野 教授 須磨崎亮 「小児期発症の希少難治性肝胆膵疾患における包括的な診断・治療ガイドライン作成に関する研究班」 研究代表者 東北大学大学院医学系研究科小児外科学分野 教授 仁尾正記 <診断基準> 1.主要な症候  (1)肝病理所見による小葉間胆管の減少  (2)臨床所見    ①胆汁うっ滞    ②心臓血管奇形(末梢性肺動脈狭窄が最も特徴的所見である。)    ③骨格の奇形(蝶形椎体が特徴的所見である。)    ④眼球の異常(後部胎生環が特徴的所見である。)    ⑤特徴的な顔貌 2.その他の症候    ①腎病変:腎異形成、腎動脈狭窄、多発嚢胞腎、尿細管性アシドーシス、膀胱 尿管逆流症、尿路閉塞、慢性腎不全など    ②神経血管:もやもや病、脳動脈瘤、内頚動脈瘤、大動脈瘤、大動脈縮窄など    ③膵:膵機能不全 3.参考事項 (1)常染色体優性遺伝形式の家族歴 血族内にアラジール症候群と診断された者がおり、その遺伝形式が 常染色体優性遺伝に矛盾しない。 (2)遺伝子診断 JAG1遺伝子、又はNOTCH2遺伝子に変異を認める。 4.診断のカテゴリー  以下に挙げた2つの場合のいずれかを満たす場合を、アラジール症候群と診断する。 ○典型例: 1の(1)を満たし、かつ、(2)の①から⑤のうち、3項目以上を満たすもの。 ○非典型例、又は変異アリルを有するが症状の乏しい不完全浸透例: 1又は2に挙げたアラジール症候群に合致する症候が、1項目以上見られる。 常染色体優性遺伝に矛盾しない家族歴がある。 遺伝子診断で上記の所見が認められる。 上記の3項目のうち、2項目以上を満たすもの。 <重症度分類> 肝疾患、心・血管病変、腎疾患、頭蓋内血管病変などアラジール症候群に起因する症候により重症度を判定し、いずれかを満たす場合を対象とする。 <肝疾患> 重症度2以上を対象とする。 重症度分類 軽症者:アラジール症候群に起因する臨床症状はあるが、治療を必要としない状態。 重症度1:アラジール症候群に起因する臨床症状があり治療を要するが、これによる日常生活の制限や介護を必要としない状態。 重症度2:アラジール症候群に起因する臨床症状のため、治療を要し、これによる日常生活の制限や介護を要する状態であるが、病状が可逆的又はその進行が緩やかで肝移植を急ぐ必要がない状態。 重症度3:アラジール症候群に起因する臨床症状、もしくは著しくQOL低下を来す続発症により生命に危険が及んでいる状態、又は早期に肝移植が必要な状態。 以下の重症度判定項目により肝疾患の重症度を判定する。 胆汁うっ滞の状態 1+ 持続的な顕性黄疸を認めるもの 門脈圧亢進症(門脈血行異常の診断と治療のガイドライン2013に準ずる) 食道・胃・異所性静脈瘤 1+ 静脈瘤を認めるが易出血性ではない。 2+ 易出血性静脈瘤を認めるが、出血の既往がないもの。易出血性食道・胃静脈瘤とは「食道・胃静脈瘤内視鏡所見記載基準」に基づき、F2以上のもの、又はF因子に関係なく発赤所見を認めるもの。異所性静脈瘤の場合もこれに準ずる。 3+ 易出血性静脈瘤を認め、出血の既往を有するもの。異所性静脈瘤の場合もこれに準じる。 異所性静脈瘤とは、門脈領域の中で食道・胃静脈瘤以外の部位、主として上・下腸管膜静脈領域に生じる静脈瘤をいう。すなわち胆管・十二指腸・空腸・回腸・結腸・直腸静脈瘤、及び痔などである。 肝肺症候群 1+ PaO2が室内気で80 mmHg未満、70 mmHg以上(参考所見:経皮酸素飽和度では93~95%) 2+ PaO2が室内気で70 mmHg未満、50 mmHg以上(参考所見:経皮酸素飽和度では85~92%) 3+ PaO2が室内気で50 mmHg未満(参考所見:経皮酸素飽和度では84%以下) 門脈肺高血圧症(肺高血圧症治療ガイドライン2012年改訂版に準ずる)  診断基準(the European Respiratory Society Pulmonary Hepatic Vascular Disorder Task Force 2004 Consensus Report) 慢性肝疾患の有無に関わらず門脈圧亢進症を認める。 安静時平均肺動脈圧(mPAP)>25mmHg 平均肺動脈楔入圧(mPCWP)<15mmHg 肺血管抵抗(PVR)>240dyne/sec/cm2 2+ mPAPが25mmHg以上、35mmHg未満 3+ mPAPが35mmHg以上 症状 1+ 出血傾向、脾腫、貧血のうち1つもしくは複数を認めるが、治療を要しない。 2+ 出血傾向、脾腫、貧血のうち治療を必要とするものを1つもしくは複数を認める。 3.関連する病態:アラジール症候群を原因とする場合。 皮膚掻痒(白取の「痒みの重症度基準」) 1             1+ 上記の1程度の痒み 2+ 上記の2又は3程度の痒み 3+ 上記の4程度の痒み 脂溶性ビタミン欠乏症や高コレステロール血症 1+ これらの病態のために薬物治療を要する場合 4.肝機能障害の評価:採血データ及びChild-Pugh score 1.血液データ       1+ 下記表の高度異常が2系列以上認められるもの。 2.Child-Pugh score 2+ 7~9点(Child-Pugh score Grade B) 3+ 10点以上(Child-Pugh score Grade C) (難治性疾患克服研究事業における肝疾患の重症患者認定からの改変) 5.身体活動制限:Performance Status(PS) 1+ PS grade1 2+ PS grade2又は3 3+ PS grade4 重症度判定 <table> 因子/重症度 軽症者 重症度1 重症度2 重症度3 胆汁うっ滞 - 1+     門脈圧亢進症 - 1+ 2+ 3+ 関連病態 - 1+ 2+ 3+ 肝機能障害 - 1+ 2+ 3+ 身体活動制限 - 1+ 2+ 3+ </table> 重症度判定項目の中で最も症状の重い項目を該当重症度とする。 胆汁うっ滞については、あれば重症度1以上。重症度2以上かどうかは他の4項目の状態によって決定され、必ずしも胆汁うっ滞の存在は必要とはしない。 <心・血管病変> 重症度2以上を対象とする。 重症度分類 軽症者:アラジール症候群に起因する心・血管病変を認めない場合、又はこれを認めるが治療を要さない場合(外科手術後を含む)。 重症度1:心電図・心エコー・心臓カテーテル検査などでアラジール症候群に起因する異常所見を認め、治療を要する場合。 重症度2:アラジール症候群に起因する心・血管病変のため、呼吸管理又は酸素療法を行う場合。もしくはNYHA心機能分類でII又はIII度の身体活動制限を認める場合。 重症度3:アラジール症候群に起因する心・血管病変のため、NYHA心機能分類でIV度の身体活動制限を認める場合。 NYHA心機能分類  I度:通常の身体活動では無症状。  II度:通常の身体活動で症状発現、身体活動がやや制限される。  III度:通常以下の身体活動で症状発現、身体活動が著しく制限される。  IV度:どんな身体活動あるいは安静時でも症状発現。 <腎疾患> 重症度1以上を対象とする。 重症度分類 軽症者:アラジール症候群に起因する腎疾患を認めない場合、又は腎疾患を認めるが治療を要さない場合。 重症度1:アラジール症候群に起因する腎疾患を認め、CKD重症度分類ヒートマップが赤の部分の場合。又はアラジール症候群に起因する腎性高血圧や尿細管アシドーシスのために治療を要する場合。 重症度2:アラジール症候群に起因する腎疾患を認め、腎代替療法を要する場合。 CKD重症度分類ヒートマップ <table>     蛋白尿区分 蛋白尿区分 A1 A2 A3     尿蛋白定量 (g/日) 尿蛋白/Cr 比 (g/gCr) 尿蛋白定量 (g/日) 尿蛋白/Cr 比 (g/gCr) 正常 軽度蛋白尿 高度蛋白尿     尿蛋白定量 (g/日) 尿蛋白/Cr 比 (g/gCr) 尿蛋白定量 (g/日) 尿蛋白/Cr 比 (g/gCr) 正常 軽度蛋白尿 高度蛋白尿     尿蛋白定量 (g/日) 尿蛋白/Cr 比 (g/gCr) 尿蛋白定量 (g/日) 尿蛋白/Cr 比 (g/gCr) 正常 軽度蛋白尿 高度蛋白尿     尿蛋白定量 (g/日) 尿蛋白/Cr 比 (g/gCr) 尿蛋白定量 (g/日) 尿蛋白/Cr 比 (g/gCr) 正常 軽度蛋白尿 高度蛋白尿     尿蛋白定量 (g/日) 尿蛋白/Cr 比 (g/gCr) 尿蛋白定量 (g/日) 尿蛋白/Cr 比 (g/gCr) 正常 軽度蛋白尿 高度蛋白尿     尿蛋白定量 (g/日) 尿蛋白/Cr 比 (g/gCr) 尿蛋白定量 (g/日) 尿蛋白/Cr 比 (g/gCr) 0.15未満 0.15~0.49 0.50以上 GFR区分 (mL/分/1.73㎡) G1 正常又は高値 ≧90 緑 黄 オレンジ GFR区分 (mL/分/1.73㎡) G2 正常又は軽度低下 60~89 緑 黄 オレンジ GFR区分 (mL/分/1.73㎡) G3a 軽度~中等度低下 45~59 黄 オレンジ 赤 GFR区分 (mL/分/1.73㎡) G3b 中等度~高度低下 30~44 オレンジ 赤 赤 GFR区分 (mL/分/1.73㎡) G4 高度低下 15~29 赤 赤 赤 GFR区分 (mL/分/1.73㎡) G5 末期腎不全(ESKD) <15 赤 赤 赤 GFR区分 (mL/分/1.73㎡) G5 末期腎不全(ESKD) <15 赤 赤 赤 </table> <頭蓋内血管病変> 重症度2以上を対象とする。 重症度分類 軽症者:アラジール症候群に起因する頭蓋内血管病変を認めない場合、又はこれを認めるが治療を要さない場合(外科手術後を含む)。 重症度1:アラジール症候群に起因する頭蓋内血管病変を認め、治療を要する場合。もしくはPerformance Statusがgrade 1である場合。 重症度2:アラジール症候群に起因する頭蓋内血管病変のため、呼吸管理、酸素療法、胃管・胃瘻による経腸栄養のうち一つ以上を行う場合。もしくはPerformance Status grade2又は3の身体活動制限を認める場合。 重症度3:アラジール症候群に起因する頭蓋内血管病変のため、Performance Status grade4の身体活動制限を認める場合。 ※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項 1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。 2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。 3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。

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