308 進行性白質脳症
○ 概要
1.概要
皮質下嚢胞をもつ大頭型白質脳症(Megalencephalic leukoencephalopathy with subcortical cysts)、白質消失病(Leukoencephalopathy with vanishing white matter)、卵巣機能障害を伴う進行性白質脳症(Leukoencephalopathy, progressive, with ovarian failure)は、一定年齢までは正常に発達するにもかかわらず、後に進行性に大脳白質障害を来し、徐々に退行する進行性白質脳症である。進行性白質脳症は、大脳白質障害が軽度頭部外傷や感染症による高熱などを契機に階段状に悪化し、てんかんや認知機能の低下、四肢麻痺症状などを来すことから、日常生活能力の低下が徐々に顕著となる。最終的には寝たきりになり、医療的ケアが必要になる場合もある。同一疾患であっても発症年齢の幅は広く、乳児期発症から成人期以降の発症まで様々である。頭部MRI検査による大脳白質のT2W高信号や嚢胞化が特徴であるが、生化学的検査などの客観的な指標はなく、確定診断は遺伝子診断によるしかない。
2.原因
一部の例外を除き、基本的に全て常染色体遺伝性疾患である。皮質下嚢胞をもつ大頭型白質脳症はMLC1遺伝子変異による常染色体劣性遺伝を示すものと、HEPACAM遺伝子の常染色体優性あるいは劣性遺伝形式により発症する。両遺伝子に変異がなく、原因不明例も少なからず存在する。白質消失病はEIF2B遺伝子の1から5までのサブタイプにおけるホモあるいは複合ヘテロ変異による常染色体劣性遺伝を示す。遺伝子変異が不明な例も存在する。卵巣機能障害を伴う進行性白質脳症はAARS2遺伝子のホモあるいは複合ヘテロ変異による常染色体劣性遺伝を示す。遺伝子変異が不明な例も存在する。
3.症状
発症年齢は乳児期から成年期まで幅広い。運動障害、小脳失調、てんかん、知的障害、末梢神経障害などが認められる。成人期発症例では、それまで普通に社会生活ができていた状況から、緩徐な認知機能障害の進行やてんかん発作の発症などを初発症状として示し、徐々に自立生活が不能となり、下肢の痙性も来すようになり、最終的に寝たきりになることがあるが、退行の原因となるエピソードがなければ症状の進行がなく、安定した時期を過ごす場合もある。ただし、一旦進行した症状が改善することはなく、生涯にわたって医学的管理を要する。特に皮質下嚢胞をもつ大頭型白質脳症と白質消失病は、軽度の頭部外傷や感染症による高熱などを契機に階段状の退行現象を示す場合が多い。皮質下嚢胞をもつ大頭型白質脳症は乳幼児期から大頭症と運動発達遅滞を示すことが多い。卵巣機能障害を伴う進行性白質脳症では、女性の場合、卵巣機能障害を示す。
4.治療法
根本的な治療法は未確立であるが、生命予後を左右する種々の症状に対する対症療法を要する。てんかんに対しては発作型に応じて各種抗てんかん薬投与を行う。小脳症状としての振戦に対しても薬物療法が必要である。痙性によって引き起こされる関節拘縮予防のため、理学療法やボトックス療法などを行わなければならない場合がある。嚥下障害や、それに伴う呼吸不全が生じてきた場合には、気管切開などによる気道確保や胃瘻造設による長期栄養管理を要する。これらの治療は生涯にわたり継続して行う必要がある。病状把握のため、定期的な受診による神経所見の把握と画像検査も必須となる。
5.予後
運動失調あるいは痙性などの錐体路・錐体外路症状、認知機能障害を含む知的障害、てんかんなどの神経症状は進行性である。てんかん、痙性四肢麻痺、意識障害、球麻痺などを生じ、寝たきりになる場合がある。緩徐に進行する場合と、急速に病態が悪化する場合があり、いずれも予後は不良である。医療的ケアは成人期以降も生涯にわたって続くため、長期にわたる療養を必要とする。
○ 要件の判定に必要な事項
患者数
100人未満
発病の機構
不明(遺伝子変異によるが、一部に変異が認められない例がある。)
効果的な治療方法
根本的な治療法は未確立
長期の療養
必要
5. 診断基準
あり(研究班作成の診断基準)
6. 重症度分類
modified Rankin Scale (mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上を対象とする。
○ 情報提供元
日本小児科学会、日本小児神経学会
当該疾病担当者 東京女子医科大学統合医科学研究所 准教授 山本俊至
日本神経学会
当該疾病担当者 京都大学医学部神経内科 講師 山下博史
厚生労働省難治性疾患政策事業「進行性大脳白質障害の疾患概念の確立と鑑別診断法の開発」
研究代表者 東京女子医科大学統合医科学研究所 准教授 山本俊至
<診断基準>
1)皮質下嚢胞をもつ大頭型白質脳症の診断基準
Definite、Probableを対象とする。
A.症状
1.乳児期からの大頭症
2.運動失調あるいは痙性などの錐体路・錐体外路症状(緩徐にあるいは感染症や頭部外傷などを契機に階段状に進行。)
3.知的退行(乳児期早期の発達は正常範囲内であり、初期には知的障害はない。)
4.てんかん(症状の進行に伴いてんかん発作を生じることがある。)
B.検査所見
MRI画像所見:大脳白質にびまん性・左右対称性のT2高信号が認められ、主に側頭葉前部に皮質下嚢胞が認められる。その一方、皮質の所見は認められない。
C.鑑別診断
白質消失病、アレキサンダー病、副腎白質ジストロフィーなど、大脳白質障害を示す他の疾患
D.遺伝学的検査
1.MLC1のホモあるいは複合ヘテロ変異
2.HEPACAMのホモあるいは複合ヘテロ変異ないしヘミ変異
<診断のカテゴリー>
Definite:Aのうち1項目以上+Bを満たし+Cを除外し+Dの1あるいは2を満たすもの
Probable:Aのうち1項目以上+Bを満たし+Cを除外したもの
Possible:Aのうち1項目以上+Bを満たすもの
2)白質消失病の診断基準
Definite、Probableを対象とする。
A.症状
1.運動失調あるいは痙性などの錐体路・錐体外路症状(緩徐にあるいは感染症や頭部外傷などを契機に階段状に進行、時に昏睡を生じる。)
2.知的退行(乳児期早期の発達は正常範囲内であり、初期には知的障害はない。)
3.てんかん(症状の進行に伴いてんかん発作を生じることがある。)
B.検査所見
MRI画像所見:病初期には大脳深部白質にびまん性・左右対称性のT2高信号が認められるが、症状の進行とともに白質信号強度は脳室と区別不能となり、それに伴い大脳は全体的に萎縮を示す。
C.鑑別診断
皮質下嚢胞をもつ大頭型白質脳症、アレキサンダー病、副腎白質ジストロフィーなど大脳白質障害を示す他の疾患
D.遺伝学的検査
EIF2B1~5のいずれかのホモあるいは複合ヘテロ変異
<診断のカテゴリー>
Definite:Aのうち1項目以上+Bを満たし+Cを除外し+Dを満たすもの
Probable:Aのうち1項目以上+Bを満たし+Cを除外したもの
Possible:Aのうち1項目以上+Bを満たすもの
3)卵巣機能障害を伴う進行性白質脳症の診断基準
Definite、Probableを対象とする。
A.症状
1.乳幼児期からの発達の遅れ
2.学童期からの学習障害、巧緻機能障害
3.青年期以降からの抑うつ、行動障害、認知機能低下
4.運動失調あるいは痙性などの錐体路・錐体外路症状の進行
5.女性の場合、卵巣機能障害による二次性月経不全
B.検査所見
MRI画像所見:大脳白質の斑状T2高信号
C.鑑別診断
皮質下嚢胞をもつ大頭型白質脳症、白質消失病、アレキサンダー病、副腎白質ジストロフィーなど大脳白質障害を示す他の疾患
D.遺伝学的検査
AARS2遺伝子のホモあるいは複合ヘテロ変異
<診断のカテゴリー>
Definite:Aのうち1項目以上+Bを満たし+Cを除外し+Dを満たすもの
Probable:Aのうち1項目以上+Bを満たし+Cを除外したもの
Possible:Aのうち1項目以上+Bを満たすもの
<重症度分類>
modified Rankin Scale(mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上を対象とする。
<table>
日本版modified Rankin Scale (mRS) 判定基準書 日本版modified Rankin Scale (mRS) 判定基準書 日本版modified Rankin Scale (mRS) 判定基準書
modified Rankin Scale modified Rankin Scale 参考にすべき点
0 全く症候がない 自覚症状及び他覚徴候が共にない状態である
1 症候はあっても明らかな障害はない: 日常の勤めや活動は行える 自覚症状及び他覚徴候はあるが、発症以前から行っていた仕事や活動に制限はない状態である
2 軽度の障害: 発症以前の活動が全て行えるわけではないが、自分の身の回りのことは介助なしに行える 発症以前から行っていた仕事や活動に制限はあるが、日常生活は自立している状態である
3 中等度の障害: 何らかの介助を必要とするが、歩行は介助なしに行える 買い物や公共交通機関を利用した外出などには介助を必要とするが、通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要としない状態である
4 中等度から重度の障害: 歩行や身体的要求には介助が必要である 通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要とするが、持続的な介護は必要としない状態である
5 重度の障害: 寝たきり、失禁状態、常に介護と見守りを必要とする 常に誰かの介助を必要とする状態である
6 死亡 死亡
</table>
日本脳卒中学会版
食事・栄養 (N)
0.症候なし。
1.時にむせる、食事動作がぎこちないなどの症候があるが、社会生活・日常生活に支障ない。
2.食物形態の工夫や、食事時の道具の工夫を必要とする。
3.食事・栄養摂取に何らかの介助を要する。
4.補助的な非経口的栄養摂取(経管栄養、中心静脈栄養など)を必要とする。
5.全面的に非経口的栄養摂取に依存している。
呼吸 (R)
0.症候なし。
1.肺活量の低下などの所見はあるが、社会生活・日常生活に支障ない。
2.呼吸障害のために軽度の息切れなどの症状がある。
3.呼吸症状が睡眠の妨げになる、あるいは着替えなどの日常生活動作で息切れが生じる。
4.喀痰の吸引あるいは間欠的な換気補助装置使用が必要。
5.気管切開あるいは継続的な換気補助装置使用が必要。
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
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