Minna_de_Honkoku@yhashimoto:L000117 JSONTXT

石本文庫241 御安台賤丸撰 《割書:御府内|五街道》大地しん 調集堂上梓 安政二卯年十月二日 |比(ころ)ハ安政二卯十月二日の夜四ッ時俄に大地震ゆり出し江 戸廿里四方人家損亡おびたゞしく北の方ハ御府内千住宿 大にゆりつぶれ小塚原ハ家並残らす崩れて中程より出火し て一軒も残りなく焼失新吉原ハ一時に五丁まち残らず崩れ其 上江戸町壱丁目より出火諸々にもへうつり又々南町より出火し て大門口迄焼五十間西側半分残る也夫より田町大京?寺前 花川戸山の宿聖天町此へん焼る猿若町三丁共残りなく 焼る間道大半崩れ焼る也浅草観音ハつゝがなくかミなり門 崩れ地内残らず崩れ並木通り残らずすわ町より出火して 夫より駒形迄焼るなり又田原町三軒丁辺ハ少々なり御 蔵前通りかや町弐丁目大にゆり浅草見附ハ石垣飛出る 又馬喰町通横山町大門通大伝馬町塩丁小伝馬町へん 裏表通り大半崩れ両国むかふ本所ハ石原より出火 して立川通り相生町林町緑町辺迄焼る又小梅通り 引船へん迄出火深川ハ八幡の鳥居の所より相川丁蛤町 まで一えんに焼る又下谷辺ハ坂本ゟ車坂辺諸々崩三枚橋ゟ 広小路伊東松坂の所迄焼る夫ゟ池の端仲町裏通り崩 表通りあらまし残る御成道石川様焼る根津弐丁茅屋町通り壱 町目ゟ二丁目迄焼るむゑん坂上ハ松平備後守様御屋敷焼る千 駄木団子坂此辺三軒ゆり崩れ谷中善光寺坂上少々残るなり 根津弐丁共惣崩れ中程ニ而二三間残るなり又丸山白山けい 声がくぼ辺大に崩れ本郷より出火して湯島切通しまで焼る 此所加州様御火消にて消口をとる湯島天神の社少々 いたミ門前ハ三組町まで残らず崩れる【 るは不用かも】両側土蔵残りなくふるふ 又裏通りハたかま【 きかま】横町新町家大根ばたけ横根坂此辺かるし むろ【 室…麹室か】われて大地一尺程さける妻恋坂ハ稲荷本社の土蔵 少々崩れ御宮ハつゝがなし町内ハ一軒も崩れず夫ゟ坂下建部 様内藤様御屋敷表長屋崩れ東はい山地中大半崩れ本 堂つゝがなし昌平橋通ハ神田同盟【 朋の意】町御台所町旅籠町金沢丁 残らずくずれ筋違御見附少々いたミ内神田外神田 共残らずふるふ也大通りハ神田須田町新ほ町鍋町かぢ丁 今川橋迄裏町表丁百三十六ヶ町ほど残らずくずれ其 先ハ十間□より日本橋裏通り西川岸ゟ呉服町近辺 東中通りハ四日市魚がしゟくれ正町へん迄所々大くづれ 又大通りハ南かぢ町ゟ出火して南伝馬町二丁目南大工丁畳丁 五郎兵衛町東ハ具足町常盤町因幡町しら魚屋西こん や丁迄焼る京橋向ふハ新橋辺まで崩れる夫より芝 口ハ柴井町宇田川丁残らず焼る也又神明前より三嶋町 へん残らず崩れ又金杉より芝橋までしよ〳〵【 諸々か】崩れる 高なわ十八町のこらず大地壱尺ほどわれたり品川 ハ格別の事なしといへどもしよ〳〵いたミさみづ大手【 清水門か】のへん までそんぼうおゝし又芝裏通りハ御浜御殿少々いたミ 佃島も右同断夫より芝赤羽根通りゟ麻布広 尾へんまでしよ〳〵崩れ出火ありまた山の手ハ四ッ谷 よりかうじ町武家地寺院堂社のくづるゝことおびたゞしく 御城内ハ巽?の御門よりかすミが関は大小名あまたそん ずといへども安芸公様黒田様ハ格別のことなし 八代洲河岸ハうへ村様松平相模守様火消やしき等 のこらず焼るなり又和田倉内ハ松平下ふさの守様 松平肥後守様此へん大にふるふ夫ゟ神田橋御門内は酒井 左衛門様森川出羽守様大に崩れ小川町ハ本郷丹 後守様松平紀伊守様榊原式部大輔様板くら様 戸田様此へん残らず焼る又牛込より小石川伝通院 門前のこらず崩ればん町ゟ飯田町お茶の水辺大に ふるふ築地門諸寺堂ハつゝがなく地中過半崩る小田弐丁ゟあさりがし大抵 向ハ御はた本鑓?方御家人衆御屋敷残りなくふるふおよそ 御府内四里四方五千七百余か町の方?出火三拾七ヶ所 家数寺院堂社の損亡いち〳〵かぞへあぐるにいとまあらず 又東海道ハ川崎宿少々神奈川宿ハ大にふるひ大半 崩れ程ヶ谷宿ハ少々戸塚宿ハしよ〳〵ふるふ又藤沢平塚 大磯小田原辺迄格別の事なしといへども諸々ふるひいたむ 仲山道ハ板橋ゟわらび宿浦和あげ尾大宮迄ハ大にふるひ 其先ハ熊が谷宿迄所々ふるふ日光街道ハ草加宿越ヶ谷より その先幸手辺まで諸々ふるふ又水戸街道ハ市川松戸うしく 宿辺下総州行徳船橋辺ハわひておびたゞしくふるふ奥州街 道ハ宇津の宮辺までふるふ又青梅街道ハ半能所ざき【 所沢か】 ちゝぶ大宮辺迄ゆりふるふかゝる凶変ハ古今未曾有にて 明暦火災の度にいやまして死亡おびたゞしくその数いくばくといふを 量しるべからす死人ハ車等につミ船にのせて寺院へ送る誠にめもあ てられぬ形勢也かゝる大変も翌日になりてハ火も消地震も折〳〵ふるふと いへども格別の事なし 一 町数五千三百七十余崩 一 御屋敷弐千五百六十余軒損す 一 寺院堂社三万九千六百三十ヶ所 一 土蔵の数五億八万九千七百八十六ヶ所 かく家中きを失ひたる|軽(かろ)き者へハそれ〳〵御手当御救 米被下置四民安堵に帰し報服して御仁徳あふぎ 奉るハ実に目出度事どもなり かゝる凶変のうちにかくまで調集なすは遠国他邦 の親族へ告ならしめて安堵しらしめんことを思ふの老婆心なり                                        五

Annnotations TAB TSV DIC JSON TextAE-old TextAE

  • Denotations: 0
  • Blocks: 0
  • Relations: 0