FirstAuthors:9483 JSONTXT

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{"target":"https://pubannotation.org/docs/sourcedb/FirstAuthors/sourceid/9483","sourcedb":"FirstAuthors","sourceid":"9483","text":"〈タイトル〉加齢による記憶力の低下はグリア細胞の機能の不全による\r\n\r\n〈著 者〉堀内純二郎・山崎大介・齊藤 実\r\n〈著者所属〉東京都医学総合研究所 学習記憶プロジェクト\r\n〈著者email〉horiuchi-jj@igakuken.or.jp(堀内純二郎),saito-mn@igakuken.or.jp(齊藤 実)\r\n\r\n〈対象論文〉\r\nGlial dysfunction causes age-related memory impairment in Drosophila.\r\nDaisuke Yamazaki, Junjiro Horiuchi, Kohei Ueno, Taro Ueno, Shinjiro Saeki, Motomi Matsuno, Shintaro Naganos, Tomoyuki Miyashita, Yukinori Hirano, Hiroyuki Nishikawa, Masato Taoka, Yoshio Yamauchi, Toshiaki Isobe, Yoshiko Honda, Tohru Kodama, Tomoko Masuda, Minoru Saitoe\r\nNeuron, DOI: 10.1016/j.neuron.2014.09.039\r\n\r\n〈要 約〉\r\n 歳をとることによる記憶力の低下は誰にでも起こるが,この加齢性記憶障害の原因はよくわかっていない.今回,筆者らは,寿命の短いショウジョウバエを使い,ニューロンではなく,グリア細胞のミトコンドリアにおいてはたらく代謝酵素であるピルビン酸カルボキシラーゼの加齢による発現の上昇が加齢性記憶障害の原因になっていることを明らかにした.ピルビン酸カルボキシラーゼはピルビン酸からオキサロ酢酸を合成し,TCA回路に供給する.ピルビン酸からはオキサロ酢酸だけでなく乳酸やアセチルCoAなども合成されるが,加齢が進むとピルビン酸カルボキシラーゼの発現が上昇することによりピルビン酸の代謝のバランスがくずれる.グリア細胞から放出されるD-セリンは記憶の形成に重要なはたらきを担うNMDA受容体の修飾因子だが,このピルビン酸の代謝バランスの不全によりD-セリンの合成が低下すること,さらに,加齢により記憶力の低下したショウジョウバエにD-セリンを摂食させると記憶力が回復することが明らかにされた.この研究から,グリア細胞の機能の活性化により加齢性記憶障害が改善される可能性が示唆された.\r\n\r\nはじめに\r\n 加齢による記憶力の低下は,ヒトだけでなく,寿命が1〜2カ月にすぎないショウジョウバエにおいても羽化ののち20日ごろの寿命の中盤から現われる.すでに,筆者らは,短期記憶と長期記憶の中間に形成される中期記憶の形成の過程が特異的に加齢により障害されることにより加齢性記憶障害の起こること1),中期記憶の形成の過程に必要なプロテインキナーゼAの活性が,加齢においては逆に,記憶力を低下させる方向にはたらくことなどを明らかにしている2,3).しかし,プロテインキナーゼAの活性は加齢により変化せず,なぜ,プロテインキナーゼAの活性を低下させることにより加齢性記憶障害が抑制されるのかは不明であり,加齢により変化する,なんらかの原因因子の存在が想定されていた.この研究において,その原因因子のひとつがニューロンでなくグリア細胞に発現する代謝酵素であるピルビン酸カルボキシラーゼであることが示された.\r\n\r\n1.加齢にともなうピルビン酸カルボキシラーゼの発現の上昇\r\n なぜ,プロテインキナーゼAの変異体では加齢性記憶障害が抑制されるのだろうか? 野生型とプロテインキナーゼA変異体とで加齢によるタンパク質の発現の変化を2次元電気泳動により比較した.その結果,加齢にともない発現が上昇し,加齢した個体における発現が野生型と比べプロテインキナーゼA変異体において顕著に低いタンパク質のひとつとして,哺乳類のピルビン酸カルボキシラーゼと相同性のあるタンパク質を同定し,生化学的な解析から,これがショウジョウバエにおけるピルビン酸カルボキシラーゼのホモログであることを確認した.\r\n ヒトではピルビン酸カルボキシラーゼの機能の欠失により乳酸アシドーシスが起こり,認知機能の障害,幼児期における致死率の上昇などが生じる.ショウジョウバエのピルビン酸カルボキシラーゼ変異体においても,ホモ変異体では学習障害や幼虫での生存率の低下がみられたが,ヘテロ変異体では学習や幼虫での生存率は正常であった.ピルビン酸カルボキシラーゼのヘテロ変異体において加齢性記憶障害について調べたところ,プロテインキナーゼAのヘテロ変異体と同様に,加齢しても高い記憶力を保持していた.一方,寿命は野生型より延長しなかった.また,2次元電気泳動の結果から示唆されたのと同様に,ピルビン酸カルボキシラーゼの活性は加齢により上昇していた.以上のことから,ショウジョウバエにおいて,加齢にともなうピルビン酸カルボキシラーゼの発現の上昇が加齢性記憶障害の発生に必須であることがわかった.\r\n\r\n2.グリア細胞において発現するピルビン酸カルボキシラーゼが加齢性記憶障害を起こす\r\n 哺乳類の脳ではピルビン酸カルボキシラーゼは主としてグリア細胞に発現している4).そこで,ショウジョウバエのピルビン酸カルボキシラーゼに対する抗体を作製し,その局在について調べたところ,哺乳類と同じく,グリア細胞において顕著に発現していた.さらに,グリア細胞におけるピルビン酸カルボキシラーゼの活性が加齢性記憶障害の発生に十分かどうかを明らかにするため,ピルビン酸カルボキシラーゼのヘテロ変異をもつグリア細胞において選択的にピルビン酸カルボキシラーゼを発現させたところ,抑制されていた加齢性記憶障害が発生した.一方,ピルビン酸カルボキシラーゼのヘテロ変異をもつニューロンにおいて選択的にピルビン酸カルボキシラーゼを発現させても,加齢性記憶障害は依然として抑制されたままだった.また,グリア細胞において選択的にピルビン酸カルボキシラーゼを過剰に発現させると,若齢の個体においても加齢性記憶障害とよく似た記憶障害が現われたが,ニューロンにおいて過剰に発現させてもそのような記憶障害はみられなかった.\r\n 2次元電気泳動の結果などから,プロテインキナーゼAのヘテロ変異体はピルビン酸カルボキシラーゼの発現が低下しているため加齢性記憶障害が抑制されたことが示唆された.野生型では記憶の中枢であるキノコ体においてプロテインキナーゼAを過剰に発現させると,グリア細胞においてピルビン酸カルボキシラーゼを過剰に発現させたときと同様に,若齢の個体においても加齢性記憶障害様の記憶障害が現われる3).しかし,ピルビン酸カルボキシラーゼのヘテロ変異をもつキノコ体においてプロテインキナーゼAを過剰に発現させても記憶障害はみられなかった.逆に,プロテインキナーゼAのヘテロ変異をもつグリア細胞においてピルビン酸カルボキシラーゼを過剰に発現させると加齢性記憶障害が起こるようになった.加齢によるピルビン酸カルボキシラーゼの発現の上昇は,プロテインキナーゼAのヘテロ変異体においても野生型と同様に起こるが,若齢の個体あるいは加齢した個体のいずれにおいてもピルビン酸カルボキシラーゼの発現量は野生型の約半分であった.以上の結果から,ショウジョウバエではピルビン酸カルボキシラーゼはグリア細胞においてプロテインキナーゼAの下流ではたらき,加齢によりその発現が上昇することにより加齢性記憶障害の起こることが示唆された.\r\n\r\n3.加齢によるピルビン酸カルボキシラーゼの発現の上昇は酸化ストレスの蓄積とは相関しない\r\n 酸化ストレスの蓄積は老化の主たる要因と考えられている.しかし,さきに筆者らは,ショウジョウバエにみられる加齢性記憶障害は酸化ストレスには起因しないことを示唆している5).実際に,ショウジョウバエに酸化ストレスを上昇させるパラコートを摂取させたところ,致死率は非常に高くなるにもかかわらずピルビン酸カルボキシラーゼの発現は変化せず,記憶も正常であった.また逆に,ピルビン酸カルボキシラーゼを過剰に発現させることにより記憶障害を誘導しても,酸化ストレスの蓄積はみられなかった.これらの結果から,ショウジョウバエにおけるピルビン酸カルボキシラーゼの発現の上昇による加齢性記憶障害の発生は酸化ストレスには起因しないことが示唆された.\r\n\r\n4.ピルビン酸カルボキシラーゼの発現の上昇によりD-セリンの合成が阻害される\r\n ピルビン酸カルボキシラーゼの発現が上昇すると,なぜ,記憶障害が起こるのだろうか? ピルビン酸カルボキシラーゼにより合成されるオキサロ酢酸と,オキサロ酢酸からアスパラギン酸転移酵素により合成されるアスパラギン酸は,いずれもD-セリン合成酵素の内因性の阻害物質としてはたらく6,7).D-セリンは記憶の形成に重要なはたらきを担うNMDA受容体の修飾因子である.そこで,加齢性記憶障害を示す加齢した個体において脳におけるD-セリンの含有量を調べたところ,顕著な減少がみられた.逆に,加齢性記憶障害の抑制されているプロテインキナーゼAのヘテロ変異体およびピルビン酸カルボキシラーゼのヘテロ変異体では,加齢しても高いD-セリンの含有量を維持していた.一方,若齢の個体において記憶障害を示すプロテインキナーゼAの過剰発現体,および,ピルビン酸カルボキシラーゼの過剰発現体では,D-セリンの含有量が減少していた.さらに,D-セリンを摂取させることにより,加齢した野生型,および,若齢のピルビン酸カルボキシラーゼの過剰発現体において記憶障害が改善された.以上の結果から,加齢によりピルビン酸カルボキシラーゼの発現が上昇することによりD-セリンの合成が阻害されること,その結果,NMDA受容体シグナル伝達系の活性の低下をまねくことにより記憶力の低下することが示唆された(図1).\r\n\r\nおわりに\r\n この研究から,加齢による記憶力の低下はニューロンの機能の低下だけでなく,グリア細胞における代謝の障害と,それにともなうD-セリンなどを介したニューロンとグリア細胞との相互作用の機能の不全も原因であることが示唆された.興味深いことに,プロテインキナーゼAのヘテロ変異体においてはピルビン酸カルボキシラーゼの発現が低下していたものの,加齢によるピルビン酸カルボキシラーゼの発現の上昇の割合はプロテインキナーゼAのヘテロ変異体と野生型とで差異はなかった.このことは,加齢によるピルビン酸カルボキシラーゼの発現の上昇はプロテインキナーゼAによらないことを示唆した.脳の老化は個体の老化と密接に関係していると考えられているが,加齢性記憶障害の抑制変異体であるプロテインキナーゼAのヘテロ変異体,および,ピルビン酸カルボキシラーゼのヘテロ変異体においては寿命の顕著な延長はみられなかった.このことは,脳の老化は個体の老化の単なる一表現型ではなく,独自の機構によることをうかがわせた.個体の老化における重要なリスク因子である酸化ストレスは加齢性記憶障害の発生と関連しないことも,個体の老化と脳の老化との分離の一例であろう.ピルビン酸カルボキシラーゼの発現の上昇が老化にともなう酸化ストレスの上昇に依存しないのであれば,どのような老化シグナルがピルビン酸カルボキシラーゼの発現を上昇させているのだろうか? 脳の老化に特異的な老化シグナルの同定がつぎなる重要なステップであろう.\r\n\r\n〈文 献〉\r\n 1) Tamura, T., Chiang, A. S., Ito, N. et al.: Aging specifically impairs amnesiac-dependent memory in Drosophila. Neuron, 40, 1003-1011 (2003)\r\n 2) Yamazaki, D., Horiuchi, J., Miyashita, T. et al.: Acute inhibition of PKA activity at old ages ameliorates age-related memory impairment in Drosophila. J. Neurosci., 30, 15573-15577 (2010)\r\n 3) Yamazaki, D., Horiuchi, J., Nakagami, Y. et al.: The Drosophila DCO mutation suppresses age-related memory impairment without affecting lifespan. Nat. Neurosci., 10, 478-484 (2007)\r\n 4) Shank, R. P., Bennett, G. S., Freytag, S. O. et al.: Pyruvate carboxylase: an astrocyte-specific enzyme implicated in the replenishment of amino acid neurotransmitter pools. Brain Res., 329, 364-367 (1985)\r\n 5) Hirano, Y., Kuriyama, Y., Miyashita, T. et al.: Reactive oxygen species are not involved in the onset of age-related memory impairment in Drosophila. Genes Brain Behav., 11, 79-86 (2012)\r\n 6) Dunlop, D. S. \u0026 Neidle, A.: Regulation of serine racemase activity by amino acids. Brain Res. Mol. Brain Res., 133, 208-214 (2005)\r\n 7) Strisovsky, K., Jiraskova, J., Mikulova, A. et al.: Dual substrate and reaction specificity in mouse serine racemase: identification of high-affinity dicarboxylate substrate and inhibitors and analysis of the β-eliminase activity. Biochemistry, 44, 13091-13100 (2005)\r\n\r\n〈著者プロフィール〉\r\n堀内 純二郎(Junjiro Horiuchi)\r\n略歴:1997年 米国Massachusetts Institute of Technologyにて博士号取得,米国Cold Spring Harbor Laboratoryポスドク研究員,首都大学東京大学院理工学研究科 准教授を経て,2012年より東京都医学総合研究所 主席研究員.\r\n研究テーマ:記憶をはじめとする脳における高次機能の分子機構および神経機構.\r\n関心事:旅行と写真.\r\n\r\n山崎 大介(Daisuke Yamazaki)\r\n東京大学分子生物学研究所 助教.\r\n\r\n齊藤 実(Minoru Saitoe)\r\n東京都医学総合研究所 参事研究員.\r\n研究室URL:http://www.igakuken.or.jp/memory/\r\n\r\n〈図説明〉\r\n図1 ピルビン酸カルボキシラーゼによる加齢性記憶障害の発生\r\n若齢のショウジョウバエでは,D-セリンの合成を抑制しないようピルビン酸カルボキシラーゼの発現が抑制されている.このため,記憶の保持に必要なD-セリンが十分に供給され,条件づけによる匂い記憶は保持され危険な匂いを避ける.加齢したショウジョウバエでは未同定の老化シグナルによりピルビン酸カルボキシラーゼの発現が上昇する.結果として,D-セリンの合成が低下し,ニューロンに十分なD-セリンが供給されないため記憶の障害が起こる.\r\n","tracks":[]}