@Toyofumi Fujiwara:00003 / 0-6
3 脊髄性筋萎縮症
○ 概要
1.概要
脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy:SMA)は、脊髄の前角細胞の変性による筋萎縮と進行性筋力低下を特徴とする下位運動ニューロン病である。上位運動ニューロン徴候は伴わない。体幹、四肢の近位部優位の筋力低下、筋萎縮を示す。発症年齢、臨床経過に基づき、I型、II型、III型、IV型に分類される。I型、II型の95%にSMN1遺伝子欠失が認められ、III型の約半数、IV型の1~2割においてSMN1遺伝子変異を認める。SMN1遺伝子に変異がなく早期に呼吸障害を来すI型において、IGHMBP2の遺伝子変異を認めることがある。
2.原因
原因遺伝子は、1995年、SMN1遺伝子として同定された。I型、II型のSMAにおいては、SMN1遺伝子の欠失の割合は9割を超えることが明らかになっており、遺伝子診断も可能である。また、SMN1遺伝子の近傍には、NAIP遺伝子、SERF1遺伝子などが存在し、それらはSMAの臨床症状を修飾するといわれている。早期に重症な呼吸障害を示すI型の一部において、IGHMBP2の遺伝子変異を示す例がある。III型、IV型においては、SMN1遺伝子変異が同定されない例も多く、他の原因も考えられている。
3.症状
I型:重症型、急性乳児型、ウェルドニッヒ・ホフマン(Werdnig-Hoffmann)病
発症は出生直後から生後6か月まで。フロッピーインファントの状態を呈する。肋間筋に対して横隔膜の筋力が維持されているため、吸気時に腹部が膨らみ、胸部が陥凹する奇異呼吸を示す。定頸の獲得がなく、支えなしに座ることができず、哺乳困難、嚥下困難、誤嚥、呼吸不全を伴う。舌の線維束性収縮がみられる。深部腱反射は消失、上肢の末梢神経の障害によって、手の尺側偏位と手首が柔らかく屈曲する形のwrist dropが認められる。人工呼吸管理を行わない場合、死亡年齢は平均6~9か月である。
II型:中間型、慢性乳児型、デュボビッツ(Dubowitz)病
発症は1歳6か月まで。支えなしの起立、歩行ができず、座位保持が可能である。舌の線維束性収縮、手指の振戦がみられる。腱反射の減弱又は消失。次第に側彎が著明になる。II型のうち、より重症な症例は呼吸器感染に伴って、呼吸不全を示すことがある。
III型:軽症型、慢性型、クーゲルベルグ・ウェランダー(Kugelberg-Welander)病
発症は1歳6か月以降。自立歩行を獲得するが、次第に転びやすい、歩けない、立てないという症状が出てくる。後に、上肢の挙上も困難になる。歩行不可能になった時期が思春期前の場合には、II型と同様に側弯などの脊柱変形が顕著となりやすい。
IV型:成人期以降の発症のSMAをIV型とする。
小児期発症のI型、II型、III型と同様のSMN1遺伝子変異によるSMAもある。一方、孤発性で成人から老年にかけて発症し、緩徐進行性で、上肢遠位に始まる筋萎縮、筋力低下、筋線維束性収縮、腱反射低下を示す場合もある。これらの症状は、徐々に全身に拡がり、運動機能が低下する。また、四肢の近位筋、特に肩甲帯の筋萎縮で初発する場合もある。SMAにおいては、それぞれの型の中でも臨床的重症度は多様である。
4.治療法
根治治療はいまだ確立していない。I型、II型では、授乳や嚥下が困難なため、経管栄養が必要な場合がある。また、呼吸器感染、無気肺を繰り返す場合は、これが予後を大きく左右する。I型のほぼ全例で、救命のためには気管内挿管、後に気管切開と人工呼吸管理が必要となる。I型、II型において、非侵襲的陽圧換気療法(=鼻マスク陽圧換気療法:NIPPV)は有効と考えられるが、小児への使用には多くの困難を伴う。また、全ての型において、筋力に合わせた運動訓練、理学療法を行う。III型、IV型では歩行可能な状態の長期の維持や関節拘縮の予防のために、理学療法や装具の使用などの検討が必要である。小児においても上肢の筋力が弱いため、手動より電動車椅子の使用によって活動の幅が広くなる。I型やII型では胃食道逆流の治療が必要な場合もある。脊柱変形に対しては脊柱固定術が行われる場合もある。
5.予後
I型は1歳までに呼吸筋の筋力低下による呼吸不全の症状を来す。人工呼吸器の管理を行わない状態では、ほとんどの場合2歳までに死亡する。II型は呼吸器感染、無気肺を繰り返す例もあり、その際の呼吸不全が予後を左右する。III型、IV型は生命的な予後は良好である。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(平成24年度医療受給者証保持者数)
712人
2.発病の機構
不明(遺伝子変異の機序が示唆される。)
3.効果的な治療方法
未確立(根治治療なし。)
4.長期の療養
必要(進行性である。)
5.診断基準
あり
6.重症度分類
生活における重症度分類で2以上又はmodified Rankin Scale(mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上を対象とする。
○ 情報提供元
「神経変性疾患領域における基盤的調査研究班」
研究代表者 国立病院機構松江医療センター 院長 中島健二
<診断基準>
厚生労働省特定疾患調査研究班(神経変性疾患調査研究班)による診断基準
A.臨床所見
(1)脊髄前角細胞の喪失と変性による下位運動ニューロン症候を認める。
筋力低下(対称性、近位筋>遠位筋、下肢>上肢、躯幹及び四肢)
筋萎縮
舌、手指の筋線維束性収縮
腱反射減弱から消失
(2)上位運動ニューロン症候は認めない。
(3)経過は進行性である。
B.臨床検査所見
(1)血清creatine kinase(CK)値が正常上限の10倍以下である。
(2)筋電図で高振幅電位や多相性電位などの神経原性所見を認める。
(3)運動神経伝導速度が正常下限の70%以上である。
C.以下を含む鑑別診断ができている。
筋萎縮性側索硬化症
球脊髄性筋萎縮症
脳腫瘍・脊髄疾患
頸椎症、椎間板ヘルニア、脳および脊髄腫瘍、脊髄空洞症など
末梢神経疾患
多発性神経炎(遺伝性、非遺伝性)、多巣性運動ニューロパチーなど
筋疾患
筋ジストロフィー、多発性筋炎など
感染症に関連した下位運動ニューロン障害
ポリオ後症候群など
傍腫瘍症候群
(10)先天性多発性関節拘縮症
(11)神経筋接合部疾患
D.遺伝学的検査
以下の遺伝子変異が認められる。
(1)SMN1遺伝子欠失
(2)SMN1遺伝子の点変異または微小変異
(3)IGHMBP2の変異
(4)その他の遺伝子変異
<診断のカテゴリー>
Definite:(1)下位運動ニューロン症候を認め、(2)上位運動ニューロン症候は認めず、(3)経過は進行性で、かつBの(1)~(3)を満たし、Cの鑑別すべき疾患を全て除外したもの
Definite:(1)下位運動ニューロン症候を認め、(2)上位運動ニューロン症候は認めず、(3)経過は進行性で、かつDを満たし、Cの鑑別すべき疾患を全て除外したもの
<重症度分類>
生活における重症度分類で2以上又はmodified Rankin Scale(mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上を対象とする。
生活における重症度分類
1.学校生活・家事・就労はおおむね可能。
2.学校生活・家事・就労は困難だが、日常生活(身の回りのこと)はおおむね自立。
3.自力で食事、排泄、移動のいずれか1つ以上ができず、日常生活に介助を要する。
4.呼吸困難・痰の喀出困難あるいは嚥下障害がある。
5.非経口的栄養摂取(経管栄養、胃瘻など)、人工呼吸器使用、気管切開を受けている。
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