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FirstAuthors:7799 JSONTXT

〈タイトル〉出生はセロトニンの濃度の低下を介して感覚系神経回路の形成の開始を制御する 〈著 者〉戸田智久・河崎洋志 〈著者所属〉金沢大学医薬保健研究域 脳・肝インターフェースメディシン研究センター分子神経科学部門 〈著者email〉tomohisa@m.u-tokyo.ac.jp(戸田智久),hiroshi-kawasaki@umin.ac.jp(河崎洋志) 〈対象論文〉 Birth regulates the initiation of sensory map formation through serotonin signaling. Tomohisa Toda, Daigo Homma, Hirofumi Tokuoka, Itaru Hayakawa, Yukihiko Sugimoto, Hiroshi Ichinose, Hiroshi Kawasaki Developmental Cell, 27, 32-46 (2013) 〈要 約〉  高次の脳機能の基盤となる脳神経系の形成機構を理解するためには,2つの視点が重要である.第1の視点は脳の領域化などを代表とする空間的な制御機構であり,これまで,この視点から多くの研究成果が得られてきた.第2の視点は時間的な制御機構である.すなわち,さまざまな発生の過程はある特定の時期に生じるが,その時期を規定する時間的な制御機構の理解も重要である.しかし,時間的な制御機構は空間的な制御機構に比べ解析が遅れており不明な点が多かった.そこで,この研究では,体性感覚系における神経回路の形成の時間的な制御機構に着目し,新生仔の出生が神経回路の形成の開始スイッチとしてはたらいていることを見い出した.さらに,出生は神経伝達物質セロトニンを介して神経回路の形成を制御していること,出生は体性感覚系のみならず視覚系における神経回路の形成も制御していることを明らかにした.出生は哺乳類の生涯においてもっとも劇的な環境変化であるが,脳神経系の形成および発達における役割はよくわかっていなかった.この研究の結果は,出生とは単に新生仔が生まれ出るためのプロセスではなく,神経回路の形成開始のスイッチという新たな生理的な役割をもつことを示唆した. はじめに  発生および発達の過程における精緻な脳神経系の形成における制御機構の解明は,脳神経科学の重要な課題のひとつである.脳神経系の形成機構を理解するためには,2つの視点が重要である.第1の視点は脳の領域化などを代表とする空間的な制御機構であり,これまで,この視点から多くの研究成果が得られてきた.第2の視点は時間的な制御機構である.すなわち,さまざまな発生の過程はある特定の時期に生じるが,その時期を規定する時間的な制御機構の理解も重要である.しかし,時間的な制御機構は空間的な制御機構に比べ解析が遅れており不明な点が多かった.  脳神経回路の形成機構の解析にはマウスの大脳皮質1次体性感覚野に存在するバレルの構築がよく用いられている1-4).マウスなどのげっ歯類ではヒゲからの体性感覚が発達しており,ヒゲからの触覚の情報は三叉神経核,視床VPM核を経由して大脳皮質1次体性感覚野へと伝達される(図1).三叉神経核,視床VPM核,大脳皮質1次体性感覚野にはヒゲの分布を正確に反映した体性感覚地図が存在し,その大脳皮質1次体性感覚野における組織学的な構築は"バレル"とよばれている(図1).  これまで,バレルの空間的なパターン形成における制御機構が研究され,バレルの形成に必要なタンパク質としてNMDA受容体,mGluR5などのグルタミン酸受容体,モノアミン酸化酵素Aやセロトニントランスポーターなどのセロトニンに関連するタンパク質が報告されてきた5-7).しかし,このような空間的なパターン形成の制御機構に比べ,バレルの形成の時間的な制御,すなわち,バレルの形成の開始の時期を制御する機構はまったくわかっていなかった.この研究において,筆者らは,バレルが新生仔の出生ののちまもなく形成されることに着目し,出生それ自体がバレルの形成開始のスイッチであるとの仮説をたててこれを検証した. 1.出生はバレルの形成開始を制御する  バレルの形成開始における出生の役割を検討するため人為的に早産を誘導した.早産はプロゲステロン受容体の拮抗剤ミフェプリストンを妊娠したマウスに投与することにより誘導した.出生の時期を正確に把握するため,分娩のようすは赤外線ビデオレコーダーで記録した.その結果,早産の誘導により早く生まれたマウスでは,正期産のマウスと比較してバレルが有意に早期に形成された.同様の結果は,卵巣の切除による早産の誘導によっても得られた.このバレルの早期形成は,バレルの形成の速度が変化したのではなく,バレルの形成の時期が早まることが原因であったことから,出生がバレルの形成開始を制御していることが示唆された.  ひとことで出生といっても,じつはさまざまなプロセスを含んでいる.そのさまざまなプロセスのなかで実際に神経回路の形成を制御しているものの同定を試みた.出生の直後からマウスのヒゲを除去しつづけてもバレルの形成時期は変化しなかったことから,ヒゲからの体性感覚の入力は重要ではない可能性が示唆された.また,帝王切開によっても普通分娩と同様の結果が得られたことから,産道の通過も重要ではないと考えられた. 2.出生はバレルの形成開始を選択的に制御する  マウスの生後1週間には,バレルの形成にくわえ,ヒゲの傷害によるバレル可塑性の臨界期も存在する.そこで,出生がヒゲの傷害によるバレル可塑性の臨界期の終了時期も規定しているかどうか検討した.早産マウスと正期産マウスとを比較した結果,おもしろいことに,出生の時期はヒゲの傷害によるバレル可塑性の臨界期の終了時期には影響をあたえていなかった.この結果は,バレルの形成とヒゲの傷害によるバレル可塑性の臨界期は,両者とも出生ののち1週間以内という同じ時期にみられるが,これらの時期の制御機構は異なることを示唆した.また,視床VPM核においてみられるバレロイドの形成の時期を比較したところ,早産により影響をうけなかった.これらの結果は,出生はバレルの形成開始を選択的に制御していることを示唆した. 3.出生とバレルの形成とをつなぐ分子機構  出生とバレルの形成開始とをつなぐ分子機構について解析した.過去の報告によれば,セロトニンの濃度が異常に高くなるモノアミン酸化酵素Aのノックアウトマウスではバレルの形成が阻害されるとされていたが,バレルの形成におけるセロトニンの生理的な役割は不明であった7).そこで,セロトニンの生理的な役割は出生の効果を伝達することではないかと考えた.新生仔において細胞外のセロトニン濃度を反映すると考えられる脳脊髄液におけるセロトニンの濃度変化を測定したところ,出生ののち細胞外のセロトニン濃度は著しく低下することを見い出した.さらに,この脳脊髄液におけるセロトニン濃度の低下は,早産をさせるとより早期に生じた.このことは,細胞外のセロトニン濃度は出生ののち低下し,その低下は出生により制御されていることを示唆した. 4.バレルの形成開始における細胞外のセロトニン濃度の低下の必要性および十分性  出生による細胞外のセロトニン濃度の低下がバレルの形成開始の制御に重要であるかどうか検討した.セロトニン濃度の低下の必要性を検討するため,細胞外のセロトニン濃度の低下を人為的に阻害した.セロトニントランスポーターの阻害剤パロキセチンあるいはモノアミン酸化酵素Aの阻害剤クロルジリンを早産マウスに対し投与しセロトニン濃度の低下を阻害したところ,早産により早期に起こるバレルの形成が抑制された.この結果は,細胞外のセロトニン濃度の低下が早産により早期に起こるバレルの形成に必要であることを示唆した.また,セロトニン濃度の低下の十分性を検討するため,細胞外のセロトニン濃度を人為的に早く低下させた.セロトニンの合成における律速酵素であるトリプトファン水酸化酵素の阻害剤パラクロロフェニルアラニンを正期産マウスに対し投与しセロトニン濃度を早く低下させたところ,対照となるマウスと比較してバレルは早期に形成された.これらの結果を総合すると,出生による細胞外のセロトニン濃度の低下はバレルの形成開始に必要かつ十分であることを意味した.したがって,出生とバレルの形成開始とをつなぐ鍵となるのはセロトニンであることが明らかになった(図2). 5.出生による神経回路の形成の制御の一般性  出生からセロトニン濃度の低下にいたるシグナルが体性感覚系以外の神経回路の形成をも制御しているかどうか検討した.興味深いことに,セロトニン濃度の低下が見い出された脳脊髄液は多くの脳領域と接触していることから,出生はさまざまな脳部位において神経回路の形成を制御している可能性が高いと考えた.そこで,バレルと同様に出生の直後に形成され,モノアミン酸化酵素Aのノックアウトマウスにおいて形成が阻害される眼特異的な軸索投射に注目した7).眼特異的な軸索投射は網膜の神経節細胞から外側膝状体への軸索投射である.出生の直後はまだ未成熟であり,両方の眼に由来する軸索が外側膝状体において混在しているが,生後8日までに右眼および左眼に由来する軸索は外側膝状体において異なる領域に分離して投射するようになる8).この眼特異的な軸索の分離が,出生および細胞外のセロトニン濃度の低下により制御されているかどうか検討した.早産マウスおよび正期産マウスにおいて眼特異的な軸索の分離について比較したところ,早産が軸索の分離を促進することを見い出した.パラクロロフェニルアラニンを用いてセロトニン濃度を早く低下させたところ,眼特異的な軸索の分離は促進された.これらの結果は,出生からセロトニン濃度の低下にいたるシグナルは視覚系において眼特異的な軸索の分離を制御していることを意味した(図2).  セロトニンの濃度変化を感知しているセロトニン受容体を同定するため,網膜の神経節細胞に発現しているセロトニン1B受容体のノックアウトマウスを解析した.その結果,このマウスでは野生型マウスと比較して眼特異的な軸索の分離が促進されていることを見い出した.この結果から,眼特異的な軸索分離を制御するセロトニンの濃度変化はセロトニン1B受容体により感知されていることが明らかになった. おわりに  この研究により,不明な点の多かった神経回路の形成における時期の制御機構の一端が明らかになった.すなわち,出生を契機とした脳における細胞外のセロトニン濃度の低下が,体性感覚系におけるバレルの形成および視覚系における眼特異的な軸索の分離を制御していることが明らかになった.  神経回路の形成を制御する遺伝要因と環境要因の解明は神経科学の重要な課題のひとつである.出生は哺乳類の生涯においてもっとも劇的な環境変化であるが,これまで,出生が脳神経系の形成や発達にはたす生理的な役割には不明な点が多かった.この研究は,出生が神経回路の形成を制御するという新たな概念を提示したと考えている.  ヒトにおいて著しい早産で生まれた場合,精神疾患や発達障害などの発症の確率が高いことが知られている.また,セロトニンの異常はうつ病などの精神疾患や発達障害とのかかわりが深いこともよく知られている.出生による脳神経回路の形成における制御機構の一端を明らかにしたこの研究を端緒として,将来的には,早産による発達障害の発症機序の解明に発展することを期待したい. 〈文 献〉 1) Toda, T., Hayakawa, I., Matsubayashi, Y. et al.: Termination of lesion-induced plasticity in the mouse barrel cortex in the absence of oligodendrocytes. Mol. Cell. Neurosci., 39, 40-49 (2008) 2) Sehara, K., Toda, T., Iwai, L. et al.: Whisker-related axonal patterns and plasticity of layer 2/3 neurons in the mouse barrel cortex. J. Neurosci., 30, 3082-3092 (2010) 3) Woolsey, T. A.: Peripheral alteration and somatosensory development. in Development of Sensory Systems in Mammals (Coleman, E. J. ed.), pp. 461-516, Wiley, New York (1990) 4) Fox, K.: Development of barrel cortex + Experience-dependent plasticity. in Barrel Cortex (Fox, K. ed.), pp. 79-216, Cambridge University Press, Cambridge (2008) 5) Iwasato, T., Datwani, A., Wolf, A. M. et al.: Cortex-restricted disruption of NMDAR1 impairs neuronal patterns in the barrel cortex. Nature, 406, 726-731 (2000) 6) Erzurumlu, R. S. & Gaspar, P.: Development and critical period plasticity of the barrel cortex. Eur. J. Neurosci., 35, 1540-1553 (2012) 7) Gaspar, P., Cases, O. & Maroteaux, L.: The developmental role of serotonin: news from mouse molecular genetics. Nat. Rev. Neurosci., 4, 1002-1012 (2003) 8) Iwai, L. & Kawasaki, H.: Molecular development of the lateral geniculate nucleus in the absence of retinal waves during the time of retinal axon eye-specific segregation. Neuroscience, 159, 1326-1337 (2009) 〈著者プロフィール〉 戸田 智久(Tomohisa Toda) 略歴:2011年 東京大学大学院医学系研究科 修了,同年より東京大学医学部附属病院 特任研究員. 研究テーマ:脳の発達の時間的な制御機構. 抱負:三つ子の魂が百まで続く分子機構を明らかにしたい. 河崎 洋志(Hiroshi Kawasaki) 金沢大学医薬保健研究域 教授. 研究室URL:http://square.umin.ac.jp/top/kawasaki/ 〈図説明〉 図1 マウスのヒゲからの体性感覚系の神経回路の概念 ヒゲの配置パターンを反映した体性感覚地図が,三叉神経核,視床VPM核,大脳皮質1次体性感覚野に存在する. 図2 出生はセロトニン濃度の低下を介して脳神経回路の形成を制御する

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