318 シトリン欠損症 ○ 概要 1.概要 シトリンは、肝ミトコンドリア膜に存在するアスパラギン酸・グルタミン酸キャリアであり、リンゴ酸・アスパラギン酸シャトルの一員として、細胞質で生じたNADHの還元エネルギーをミトコンドリア内へ輸送し、ミトコンドリア内にNADHを産生する反応に関与する。 シトリン欠損症では年齢依存的に2つの病型が存在することが知られている。新生児から乳児の病型であるNICCD(neonatal intrahepatic cholestasis caused by citrin deficiency)及び成人期の成人発症II型シトルリン血症(CTLN2)である。 東アジアから東南アジアで頻度が高く、少数ながら欧米からの報告もある。本邦での保因者頻度は1/65であり、理論上の有病率は1/17,000となる。CTLN2の発症頻度は1/10万であり、シトリン欠損症の約20%の患者がCTLN2を発症することとなる。 2.原因 シトリンをコードする遺伝子はSLC25A13であり、シトリン欠損症は両アレルの機能喪失型変異を原因とする。日本人患者では、代表的な11個の変異で変異頻度の95%を占める。 シトリンの機能低下による細胞質内NADHの蓄積が、シトリン欠損症の病態の根底にあると考えられている。糖類を嫌う食癖が多数の症例に認められる。過剰な糖負荷により更に細胞質のNADH過剰・NAD+枯渇状態に陥るため、これを避けるための自己防衛反応と考えられる。 遺伝学的に推定される理論上の有病率とCTLN2の実際の発症率には前述のように乖離があるため、遺伝的要因とともにCTLN2を顕在化因子として食事などの環境的要因の関与が推定されている。 3.症状 シトリン欠損症は年齢依存的に2つの病型が存在することが知られている。 (1)NICCD:新生児期から乳児期早期に黄疸や体重増加不良がみられ、検査上肝内胆汁うっ滞、肝障害、ガラクトース血症、多種アミノ酸血症、低蛋白血症、低血糖、凝固能異常、脂肪肝などを呈する。多くは1歳までに改善するが、肝障害が進行し肝移植が必要となる症例も存在する。 (2)CTLN2:思春期以降の病型である。意識障害、失見当識、急性脳症様症状、行動異常、精神症状で発症し、検査にて高アンモニア血症、高シトルリン血症、脂肪肝を呈する。飲酒などが引き金になることがある。一回の発作は数日から数か月にわたり、再燃を繰り返すことがある。 (3)この2つの病型の間に「見かけ上健康」な適応・代償期が存在する。高蛋白・高脂肪の食事を好み、糖質を好まない特異な食癖が現れる。 同一患者においてNICCDから適応・代償期を経てCTLN2へと移行しうることが推測されている。 4.治療法 病型毎の治療を示すが、小児期の患者はNICCD及び適応・代償期の状態であり、成人期の患者は、適応・代償期の患者とCTLN2を発症した患者である。 (1)NICCD 中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)含有フォーミュラ、乳糖制限、脂溶性ビタミン、利胆剤(ウルソデオキシコール酸)。多くは1歳までに改善するが、肝障害が進行し肝移植が必要となる症例も存在する。 (2)適応・代償期 適応・代償期は、低糖質・高蛋白質食による治療を行う。体重増加不良や易疲労感を呈する症例にはMCTオイルも併用する。これはCTLN2の発症予防を目的としている。 (3)CTLN2 CTLN2で意識障害を発症している罹患者については、現在ある脳症の軽快のため低糖質・高脂肪食、MCTオイル、静注用脂肪乳剤、アルギニン、カナマイシン、ラクツロース、ピルビン酸ナトリウム(試薬)を投与し、内科的治療不応例には肝移植が適応となる。一般に高アンモニア血症の治療としては「蛋白負荷の軽減」及び「(糖質による)高カロリー輸液」がなされるが、CTLN2においては禁忌である。脳浮腫の治療薬としてのグリセロールも病状を悪化させる。 以上の治療で軽快した場合には、再燃防止を目的として低糖質・高蛋白質食による治療にもどる。なお、この治療は生涯を通じて継続されなければならない。 5.予後 NICCDの多くは1歳までに改善するが、肝障害が進行し、肝移植が必要となる症例も存在する。CTLN2は一旦発症すると重篤な経過をたどり、生命予後不良の疾患と考えられていた。近年、肝移植の有効性が認められている。また、CTLN2発症例に対しても低糖質・高脂肪食(MCTオイルを含む。)、ピルビン酸ナトリウムで軽快した例も報告されている。 ○ 要件の判定に必要な事項 患者数 約1500人 発病の機構 不明(SLC25A13機能喪失変異が原因であるが、同じ遺伝子変異でも未発症例や重症例があることなど、発病の機構、病態が未解明である部分が多い。) 効果的な治療方法 未確立(症状の進行を遅らせる対症療法はあるが、根治のための治療方法はない。) 長期の療養 必要(臨床的に安定していてもシトリンの異常は継続しており、潜在的なCTLN2発症・再燃のリスクは常にあり、生涯にわたる治療を要する。) 診断基準 あり(研究班が作成し、学会が承認した診断基準) 重症度分類 日本先天代謝異常学会による先天性代謝異常症の重症度評価を用いて中等症以上を対象とする。 ○ 情報提供元 日本小児科学会、日本先天代謝異常学会 当該疾病担当者 東北大学大学院医学系研究科小児病態学分野 准教授 坂本修 厚生労働科学研究費補助金子ども家庭総合研究事業「タンデムマス等の新技術を導入した新生児マススクリーニング体制の研究」 研究代表者 島根大学小児科 教授 山口清次 厚生労働省難治性疾患政策事業「新しい先天代謝異常症スクリーニング時代に適応した治療ガイドラインの作成および生涯にわたる診療体制の確立に向けた調査研究」 研究代表者 熊本大学大学院 教授 遠藤文夫 日本医療研究開発機構 難治性疾患実用化研究事業「新生児タンデムマススクリーニング対象疾患の診療ガイドライン改定、診療の質を高めるための研究」 研究代表者 岐阜大学大学院 教授 深尾敏幸 <診断基準> Definiteを対象とする。 A.症状 1.新生児から乳児期:NICCD ①遷延性黄疸 ②体重増加不良 2.適応・代償期 ①特異な食癖(高脂肪・高蛋白食を好み、糖質を忌避) ②易疲労感、倦怠感 ③体重増加不良 ④低血糖 3.思春期から成人期:CTLN2 ①意識障害、失見当識、急性脳症様症状 ②行動異常、精神症状 B.検査所見 1.新生児から乳児期:NICCD ①複数のアミノ酸(シトルリン、チロシン、フェニルアラニン、スレオニンなど)の一過性の上昇 ②ガラクトースの一過性の上昇 ③胆汁うっ滞性肝障害:総胆汁酸上昇(100 nmol/mL以上)、直接ビリルビン上昇 ④凝固能低下 ⑤低蛋白血症 ⑥AFP高値 ⑦脂肪肝 2.適応・代償期 ①慢性肝障害 ②低血糖 ③高脂血症 3.思春期から成人期:CTLN2 ①シトルリン高値、スレオニン/セリン比の上昇 ②高アンモニア血症 ③脂肪肝 C.鑑別診断 以下の疾患を鑑別する。 1.新生児から乳児期 新生児肝炎、胆道閉鎖症、ガラクトース血症(I型、II型、III型)、門脈体循環シャント、シトルシン血症I型、アルギニノコハク酸尿症 2.適応・代償期 慢性肝炎、肝型糖原病、脂肪酸代謝異常症 3.思春期から成人期 慢性肝炎、肝硬変、門脈体循環シャント、シトルシン血症I型、アルギニノコハク酸尿症 D.遺伝学的検査 1.SLC25A13遺伝子の両アレルに病因変異を認める。 2.末梢血でのウエスタンブロット:シトリン分子が検出されない。 <診断のカテゴリー> 新生児から乳児期:NICCD Definite:Aの1又はBの1のうち1項目以上を満たし、Cの1の鑑別すべき疾患を除外でき、Dのいずれかを満たしたもの 適応・代償期 Definite:Aの2又はBの2のうち1項目以上を満たし、Cの2の鑑別すべき疾患を除外でき、Dのいずれかを満たしたもの 思春期から成人期:CTLN2 Definite:Aの3のうち1項目以上並びにBの3①及び②を満たし、Cの3の鑑別すべき疾患を除外でき、Dのいずれかを満たしたもの <重症度分類> 先天性代謝異常症の重症度評価(日本先天代謝異常学会)を用いて中等症以上を対象とする。