12 先天性筋無力症候群 ○ 概要 1.概要 先天性筋無力症候群は、神経筋接合部分子の先天的な欠損及び機能異常により、筋力低下や易疲労性を来す疾患である。アセチルコリン受容体が欠損をする「終板アセチルコリン受容体欠損症」、アセチルコリン受容体のイオンチャンネルの開口時間が異常延長する「スローチャンネル症候群」、異常短縮する「ファーストチャンネル症候群」、骨格筋ナトリウムチャンネルの開口不全を起こす「ナトリウムチャンネル筋無力症」、アセチルコリン分解酵素が欠損をする「終板アセチルコリンエステラーゼ欠損症」、神経終末のアセチルコリン再合成酵素が欠損をする「発作性無呼吸を伴う先天性筋無力症」に分類される。 2.原因 神経筋接合部で機能をする多数の分子のうちの1つの分子をコードする遺伝子の配列が正常者と異なることによって、十分な量の分子を作ることができない、あるいはその分子が本来持つ機能を果たせなくなることが原因である。原因となる欠損分子には、19種類(CHRNA1、CHRNB1、CHRND、CHRNE、COLQ、AGRN、LRP4、MUSK、LABM2、RAPSN、DOK7、CHAT、SCN4A、GFPT1、DPAGT1、ALG2、ALG14、PLEC、PREPL)が知られている。スローチャンネル症候群のみが常染色体優性遺伝形式で、他は常染色体劣性遺伝である。 3.症状 多くの例において、出生直後に泣く力が弱かったり、母乳を吸う力が弱かったりという軽度の筋力低下から、呼吸困難のために人工呼吸器が必要になるという重度の筋力低下まで認められる。出生直後のこれらの症状がいったん軽快し、幼少児期に再度、持続的な筋力低下や、運動するにつれて筋力が弱くなる筋無力症状が出る。筋無力症状による筋力低下の日内変動(午前中は筋力が強いが午後になると筋力がなくなる。)が明らかではなく、むしろ日ごとに筋力が異なる日差変動が認められることも多い。 眼球運動障害はあることもないこともある。出生直後の一時的な筋力低下を含めて2歳以下に何らかの筋無力症状を発症することが多いが、スローチャンネル症候群においては成人発症のことも多い。また、口蓋の位置が高かったり、両耳の付け根が高かったりという顔面小奇形や、四肢の筋萎縮を認めることも多い。 4.治療法 病態に応じて有効な薬剤が存在するものがある。終板アセチルコリン受容体欠損症やファーストチャンネル症候群に対して抗コリンエステラーゼ剤や3,4-ジアミノピリジンを使用、終板アセチルコリンエステラーゼ欠損症とDok7筋無力症に対してエフェドリン使用する。また、スローチャンネル症候群に対してキニジンやフルオキセチン、ナトリウムチャンネル筋無力症に対してアセタゾラミドを使用する。 5.予後 進行性はないが症状は継続する。呼吸筋の筋力低下や易疲労性に伴う呼吸困難を認めることがあり、特に「発作性無呼吸を伴う先天性筋無力症」は、乳児突然死症候群の原因となるため睡眠時呼吸モニターが必須である。嚥下障害による誤嚥性肺炎に注意が必要である。脊柱筋の脱力による脊柱側湾があり、必要に応じて手術による矯正が必要である。 ○ 要件の判定に必要な事項 1.患者数 100人未満(研究班による) 2.発病の機構 不明(遺伝子の異常が示唆されている。) 3.効果的な治療方法 未確立(根本的治療法なし。) 4.長期の療養 必要(呼吸困難、誤嚥性肺炎などを呈し長期療養を要する。) 5.診断基準 あり(研究班の診断基準等あり。) 6.重症度分類 Barthel Indexを用いて、85点以下を対象とする。 ○ 情報提供元 「先天性筋無力症候群の診断・病態・治療法開発研究班」 研究代表者 名古屋大学大学院医学系研究科・神経遺伝情報学 教授 大野欽司 <診断基準> 2歳以下発症の骨格筋易疲労性・骨格筋低形成及び反復神経刺激による複合筋活動電位の異常減衰により本症を疑い、遺伝子異常により診断する。 肋間筋生検の電気生理学的な解析又は19種類の遺伝子を対象とした遺伝子診断が確定診断には必要である。肋間筋生検の電気静学的な検査は本邦では行われていない。19種類(CHRNA1、CHRNB1、CHRND、CHRNE、COLQ、AGRN、LRP4、MUSK、LABM2、RAPSN、DOK7、CHAT、SCN4A、GFPT1、DPAGT1、ALG2、ALG14、PLEC、PREPL)の遺伝子を対象とした遺伝子診断はエキソームシークエンシング解析にて診断が可能である。 臨床補助診断としては、重症筋無力症において認められる抗体(抗アセチルコリン受容体抗体・抗MuSK抗体・抗LRP4抗体)が陰性であることに加えて、反復神経刺激による異常な複合筋活動電位の減衰が必要条件である。 <重症度分類> 機能的評価:Barthel Index 85点以下を対象とする。