2 筋萎縮性側索硬化症 ○ 概要 1.概要 主に中年以降に発症し、一次運動ニューロン(上位運動ニューロン)と二次運動ニューロン(下位運動ニューロン)が選択的にかつ進行性に変性・消失していく原因不明の疾患である。病勢の進展は比較的速く、人工呼吸器を用いなければ通常は2~5年で死亡することが多い。 2.原因 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)のうち約5%は家族歴を伴い、家族性筋萎縮性側索硬化症(家族性ALS)とよばれる。家族性ALSの約2割では、フリーラジカルを処理する酵素の遺伝子の変異が報告されている(ALS1)。その他にも、原因遺伝子が次々に報告されている。孤発性ALSの病態としては、フリーラジカルの関与やグルタミン酸毒性により神経障害をきたすという仮説が有力である。また、孤発性ALSの多数症例を用いてゲノムワイドに疾患感受性遺伝子を探索する研究も進行中である。 3.症状 ALSは発症様式により、(1)上肢の筋萎縮と筋力低下が主体で、下肢は痙縮を示す上肢型(普通型)、(2)構音障害、嚥下障害といった球症状が主体となる球型(進行性球麻痺)、(3)下肢から発症し、下肢の腱反射低下・消失が早期からみられ、二次運動ニューロンの障害が前面に出る下肢型(偽多発神経炎型)の3型に分けられることがある。これ以外にも、呼吸筋麻痺が初期から前景となる例や体幹筋障害が主体となる例、認知症を伴う例もあり多様性がみられる。 4.治療法 欧米における治験で、グルタミン酸拮抗剤リルゾール(商品名 リルテック)が生存期間を僅かであるが有意に延長させることが明らかにされ、1999年より本邦でも認可された。リルゾールの他にも、近年、病勢の進行を遅らせる目的で数種類の薬剤が開発され、治験進行中ないし治験計画中である。筋力低下や痙縮に伴い、様々な二次的症状が出現する。不安や抑うつには安定剤や抗うつ薬を用い、痙縮が著しい場合は抗痙縮剤を用いる。筋力低下に伴う痛みに対しては鎮痛剤や湿布薬を使用し、関節拘縮の予防には定期的なリハビリが必要である。呼吸障害に対しては、非侵襲的な呼吸補助と気管切開による侵襲的な呼吸補助がある。嚥下障害の進行した場合、胃瘻形成術、経鼻経管栄養、経静脈栄養を考慮する必要がある。また、進行に伴いコミュニケーション手段を考慮することが重要であり、症状に応じた手段を評価し、新たなコミュニケーション手段の習得を早めに行うことが大切である。体や目の動きが一部でも残存していれば、適切なコンピューター・マルチメディア、意思伝達装置及び入力スイッチの選択により、コミュニケーションが可能となることが多い。脳波を使う方法も報告されている。いずれにせよ、症状が進行する前にあらかじめ、どのような治療法を選択するかについて話合いを、早めに、十分に時間をかけて行うことが大切である。 5.予後 症状の進行は比較的急速で、発症から死亡までの平均期間は約3.5年といわれているが、正確な調査はなく、個人差が非常に大きい。進行は球麻痺型が最も速いとされ、発症から3か月以内に死亡する例もある。一方では、進行が遅く、呼吸補助無しで10数年の経過を取る例もあり、症例ごとに細やかな対応が必要となる。 ○ 要件の判定に必要な事項 1.患者数(平成24年度医療受給者証保持者数) 9,096人 2.発病の機構 不明(遺伝子異常等との関連が考えられている。) 3.効果的な治療方法 未確立(根治的治療法はない。) 4.長期の療養 必要(進行性の経過をとる。) 5.診断基準 あり 6.重症度分類 研究班によるALS重症度分類を用いて、2以上を対象とする。 ○ 情報提供元 「神経変性疾患領域における基盤的調査研究班」 研究代表者 国立病院機構松江医療センター 院長 中島健二 <診断基準> 1.主要項目 (1)以下の①~④の全てを満たすものを、筋萎縮性側索硬化症と診断する。 ①成人発症である(生年月日から判断する。)。 ②経過は進行性である。 ③神経所見・検査所見で、下記の1か2のいずれかを満たす。 身体を、a.脳神経領域、b.頸部・上肢領域、c.体幹領域(胸髄領域)、d.腰部・下肢領域の4領域に分ける(領域の分け方は、2 参考事項を参照)。 下位運動ニューロン徴候は、(2)針筋電図所見(①または②)でも代用できる。 1.1つ以上の領域に上位運動ニューロン徴候を認め、かつ2つ以上の領域に下位運動ニューロン症候がある。 2.SOD1遺伝子変異など既知の家族性筋萎縮性側索硬化症に関与する遺伝子異常があり、身体の1領域以上に上位及び下位運動ニューロン徴候がある。 ④鑑別診断で挙げられた疾患のいずれでもない。 (2)針筋電図所見 ①進行性脱神経所見:線維束性収縮電位、陽性鋭波、線維自発電位。 ②慢性脱神経所見:運動単位電位の減少・動員遅延、高振幅・長持続時間、多相性電位。 (3)鑑別診断 ①脳幹・脊髄疾患:腫瘍、多発性硬化症、頸椎症、後縦靱帯骨化症など。 ②末梢神経疾患:多巣性運動ニューロパチー、遺伝性ニューロパチーなど。 ③筋疾患:筋ジストロフィー、多発性筋炎、封入体筋炎など。 ④下位運動ニューロン障害のみを示す変性疾患:脊髄性進行性筋萎縮症など。 ⑤上位運動ニューロン障害のみを示す変性疾患:原発性側索硬化症など。 2.参考事項 (1)SOD1遺伝子異常例以外にも遺伝性を示す例がある。 (2)まれに初期から認知症を伴うことがある。 (3)感覚障害、膀胱直腸障害、小脳症状を欠く。ただし、一部の例でこれらが認められることがある。 (4)下肢から発症する場合は早期から下肢の腱反射が低下、消失することがある。 (5)身体の領域の分け方と上位及び下位運動ニューロン徴候は以下のとおりである。 a.脳神経領域 b.頸部・上肢領域 c.体幹領域 (胸随領域) d.腰部・下肢領域 上位運動ニューロン徴候 下顎反射亢進 口尖らし反射亢進 偽性球麻痺 強制泣き・笑い 上肢腱反射亢進 ホフマン反射亢進 上肢痙縮 萎縮筋の腱反射残存 腹壁皮膚反射消失 体幹部腱反射亢進 下肢腱反射亢進 下肢痙縮 バビンスキー徴候 萎縮筋の腱反射残存 下位運動ニューロン徴候 顎、顔面 舌、咽・喉頭 頸部、上肢帯、 上腕 胸腹部、背部 腰帯、大腿、 下腿、足
<重症度分類> 2以上を対象とする。 1.家事・就労はおおむね可能。 2.家事・就労は困難だが、日常生活(身の回りのこと)はおおむね自立。 3.自力で食事、排泄、移動のいずれか1つ以上ができず、日常生活に介助を要する。 4.呼吸困難・痰の喀出困難あるいは嚥下障害がある。 5.気管切開、非経口的栄養摂取(経管栄養、中心静脈栄養等)、人工呼吸器使用。 ※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項 1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。 2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。 3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。